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はやぶさプロジェクトマネージャー川口淳一郎氏講演会

こんにちは。川中努です。


先日、島根県民会館で「小惑星探査機はやぶさ」のプロジェクトマネージャーを務める、川口淳一郎教授の講演会があったので参加してきました。









以前ブログでも書いたことがありますが、はやぶさは、地球から3億kmの小惑星イトカワから世界初のサンプルリターン、つまり往復をして小惑星の地表を採取して持ち帰るという、不可能に近いミッションを成功させた宇宙探査機なのですあせる


昨年、松江であったJAXAの展示会で見たので、講演会も是非聴いてみたいと思っていました音譜

話の内容を箇条書きにすると


・映画「はやぶさ」などについて⇒映画がベースになると真実がすり替えられてしまう。

・小惑星⇒塵や微粒子が互いに引力で引っ付きあってできる。⇒大きくなると地球などの惑星になる。

・小惑星イトカワについて⇒研究することにより、地震や気象の手がかりをつかむことができる。

・地球は重力が大きい天体で、大部分の地球をつくっている材料は重力によってプレートにのって地球の奥深くに沈んでしまっている。(地球の中心部まで6800km。掘れて最高で20kmくらい)

・小惑星は重力が小さいため、重いもの、軽いものみんなが表面にある。

・イトカワはS型小惑星。はやぶさⅡで探索するのはC型小惑星(有機物、アミノ酸、水のふるさと)

・はやぶさが持ち帰った、資料を入れた容器(砂の器)⇒太陽系いにしえの資料を入れた玉手箱

・はやぶさの本当の目的は、地球から3億kmにあるイトカワを往復で資料を採取して帰還する技術を立証すること。科学的資料はおまけ中のおまけ。

・以前、NASAにやぶれかぶれで、サンプルリターンをすることを話した。

糸川博士から受け継いだもの⇒「こうすればできるという文化」「やれる理由を探す文化」

大事なことは、現場に足を運ぶこと。

・ルール・規制とは人が作ったものであり、新しいものをつくろうと思うと一旦その規制を外してみる。

・燃料漏れで姿勢が崩れた。

・ショックだったのは弾丸が発射できなかったこと。

・神頼みしかなかった⇒中和(ちゅうか)神社にお参りした。(岡山県真庭市)

ピンチの中でも、やりたいことができて幸せだと感謝しながらやっていた。

技術よりも根性。

・Inspiration for Innovation(アイデアで変革を)

・人材育成の重要性(教育ではない)

創造できると言える自信と希望を持てるか?(私たちは創造できるんだ!)


およそ、こんなことを話されたと思います。(私のメモをそのまま転記したのでわかりにくくでスミマセンショック!


このお話を聴きながら、ふと思い出したのが、盛和塾の稲盛和夫塾長の言葉で、


「次に私のやりたいことだと思うものは、それは私たちには決してできないと、他の人達が言った、そのことなのです」


といものでした。


そしてもうひとつ、川口教授はどんなに困難な状況下にあるときも、こんな素晴らしいことをやらせてもらっていること自体に感謝しながら苦難を乗り越えようと考えたということをおっしゃっていました。


これはものすごく重要なエッセンスではないかと思います。大変だ、困った、どうしようと悲観的になるのではなく、前提として素晴らしい、もっというと楽しいことをやっているんだと思えること。そのためには、自分の胸がワクワクすることに身を置く必要があるのですが、その上で感謝しながら事に当たる。


この氣持ちで誰もが不可能だと言った偉業を成し遂げることができたのでしょうねビックリマーク


今回の講演は、事業や人生においてもとてもヒントになるエッセンスがちりばめられていました。


おまけ・・・

講演会場でふと横を見たら…(゚o゚;; タイノスの安部悟さんがいらっしゃいました叫び



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プロフィール

川中 努(tsutom kawanaka)
1972年3月29日生
パラダイスコーポレーション代表取締役

きき酒師
ディマティーニ・メソッド・ファシリテーター
バリューファクター・ファシリテーター

【配信メディア】
Facebook https://www.facebook.com/tsutom

基本的にお会いしたことのある方と友達に
ならせていただいています。
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【経歴】
1990年 島根県立松江南高校卒業
1994年 青山学院大学 国際政治経済学部卒業
日本トイザらス入社
1997年 住友商事と米国リバティメディアの合弁会社ジュピタープログラミング入社
1999年 故郷の島根県松江市に戻り、実家の事業(有限会社三度)に参画。専務取締役に就任。組織変更により株式会社パラダイスコーポレーションを設立。社内システムを整備する。
2012年 代表取締役 社長就任
   ~現在に至る