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初フルマラソン挑戦 ~Runnig Meditation~

こんにちは。川中努です。

12月が始まりました。2014年も残すところあと1ヶ月。

1年ってあっという間だけど、今年は本当にいろんなことがありました。やりました。

その中でも、記憶に残っているのがマラソンのこと。特に6月に挑戦した「隠岐の島ウルトラマラソン」50kmのことです。(そのときのブログはこちらです)

通常は、ハーフマラソンを走れるようになってからフルマラソン。フルマラソンを走れるようになってからウルトラマラソン、というのが順当な道なんでしょうが、僕はフルを飛び越えていきなり隠岐の島の険しい山道50kmに挑戦すると宣言したものだから、走り慣れた友だちからは「ちょっと無謀じゃない?」って言われたりもしました。

でも、なんとかかんとか完走でき、加えてタイムも制限時間よりずいぶん早く走れ...この話には後日談までついていて、なんと文芸春秋社のスポーツ雑誌『Number』の別冊『Do』の特集「地元ランナーが太鼓判!の47大会」という特集に、島根県代表としてインタビューに答えさせてもらったりというサプライズもありました!

こちらがその記事です。

先ほど、”順当な道”と言いましたが、その飛ばしてしまった”フルマラソン”に年内にきちんと挑戦して、完走しておきたいという目標を果たす日が、つい先日11月の最終日にやってきました。

場所は、四国の小豆島です。

「第35回 瀬戸内海タートルフルマラソン 全国大会」です。

実は、小豆島にはまだ記憶のない4歳頃に両親に旅行へ連れて行ってもらった場所で、僕自身は写真で見て知っていたのですが、38年ぶりにそこへ行き、そして初めてのフルマラソンに挑戦すること自体がなにか運命のような感じがしていました。

さあ、ここからはライブ感を感じていただけるように、手記風の書き方に変えて記してみようと思います。


9時30分スタート。

スタートはサブフォー狙いの集団の最後尾で。

敢えてゆっくり6分30のペースで。

(緊張の中スタートを待ちながら)

スタートから3kmのところで、早くも上り坂出現。この大会は高低差30mくらいの上りと下りの繰り返しだった。

上り坂では、必ず目線を落とさないこと、つまり前傾姿勢にならないことに意識を集中した。前傾姿勢になると、体力の消耗が激しくなる。上りは敢えて空を見上げながら走ることに。

逆に下りは、胸を突き出しすことで、足が勝手に前に進むようにした。どうしても上りはタイムが落ちるので、これで下りはスピードがついてタイムが稼げた。

途中、沿道では、地元のおじいちゃん、おばあちゃんや子どもたちが応援してくれた。

「ありがとうございます!」

今日は何度この言葉を発しただろう?

そして、左手には綺麗な瀬戸内の海が。

(上の写真はフェリーで小豆島港に着く際に撮ったもの。下のはロープウェイからのものです。)

「綺麗だなぁ。」

この言葉もなんどとなく口ずさんだ。

いいペースで走れたため、ハーフまでは上り坂でも一度も止まらずに走ることができた!

ところが、思わぬ事態が…

ハーフの折り返しまで、あと2~3kmの下り坂で、例のごとくスピードを出して走ってたところ、ぶつかったわけでもないのに、となりの50代?くらいのランナーが激怒しだした。

「なんだ!てめー。殺すぞ!」

多分僕に対して怒りを表していたと思うけど、別にぶつかったわけでもないのに。

しばらく後ろから怒鳴り声が聞こえていた。でも、下りでスピードが出てたため、そのランナーに追いつかれることは、最後までなかった。

しかし、さすがにいやな気分になった。今までありがとうの気持ちで走ってたのが、すっかり乱された気分がした。

「あんな暴力的なランナーがなんでいるんだ??」

そんなことを考えてたら、ハーフを折り返した時点で、急に足が重くなり始めた。

感謝の気持ちから、嫌な気持ち。

気持ち一つでこれほどまでに走りに影響するのか。

感謝のパワーが何よりも強いことを感じさせてくれたのが、今日のレースだった。

さっき、怒鳴り声をあげた暴力ランナーは、そのことを気づかせてくれた。

この大会で忘れることのできない思い出をプレゼントしてくれた。

そのように、考えが繋がったところで、僕の中では彼はもう感謝の対象に変わっていた。

いよいよ30kmを通過し、レースも終盤に近づいてきた。

体力的にもキツくなってくるころ。足がつりそうになってきた。ここら辺では、上り坂は無理せずに早歩きで上がるように、そして、下り坂は例の走り方で距離を稼ぐ作成に変更した。

僕はマラソン大会のときには、いつも1000曲くらい入ってるiPodを聴いてる。

今日、35kmくらいの地点で一番キツイときな、ふと流れてきたのは、学生時代によく聴いてた、チャゲアスの曲だった。その歌を聞くと、20歳ころの付き合ってた彼女のことを思い出した。

あの若いとき、彼女とこの曲に出会った延長線上に今があるんだと考えてたら、有難いなぁという気持ちが溢れてきた。

走りながら思わず感謝の涙が溢れてきた。ブレークスルーだった。

それからキツイという気持ちはなくなり、つりそうになりながらも、足は前に進んだ。

そして、いよいよゴールが射程距離に入ってきた。

それは、38kmの地点でのことだった。

背の低い、一見して目が見えない方だということが分かる初老の女性がコース沿いにつっ立っていた。

「何をしてるんだろうな?」

正直、そう思った。

そして、その女性の前を過ぎる瞬間…

「お帰りなさい。」

予想しなかった、暖かい言葉が彼女の口から出てきたのだった。

僕は完全に意表をつかれ、そして一瞬でも何をしてるんだと考えた自分を責めた。

と、同時に、例え目が見えなくても、健常者の僕たちランナーのことを気遣ってくれるその優しさに触れたのだ。

またしてもブレークスルー。

涙が止まらなくなった。汗と涙で、頬には塩のかたまりがついていた。

そして、最後の上り坂を歩き終え、下りから平地へ。いよいよラスト2km。

タイムは、スタートしてから4時間を過ぎていた。

ここからは、ゴールに向かう強いパワーが湧いてきた。

途中で抜いた、走り慣れていそうな背の高い女性ランナーにも、さっき抜かれたところだったが、また抜き返した。

そして、ゴールが見えてきた。

最後のコーナーを曲がると、ゴールでは、司会の男性の軽快な声で

「ナイスラン!」

嬉しい気持ちいっぱいで、ゴールを切ることができた!

結果は...

当初、制限時間の5時間30分以内に完走することを目指していたのだが、1時間以上早いネットタイムで4時間19分7秒。

フルマラソン初挑戦にして嬉しい記録だ。

ありがとう!この大会はこの言葉につきる。


長文に最後までお付き合いいただきありがとうございます。

読んでいただいてお分かりいただけたように、このレースを通して、僕は自分の内面とほとんどずっと繋がっていることができました。

つまり感謝の状態で走ることによって、自分の持っている力を効率よく引き出すことができたのではないかということです。

それが結果として、予想以上のタイムでの完走に結びついたことは間違いないと思います。

この経験で、マラソンは走り方によっては、瞑想の如く”癒し”につながることが分かりました。

”Running Meditation”

もちろん、癒しだけではなく、過酷な運動を強いることにより、身体は疲労し筋肉痛も起こしました。しかし、過度なものでなかったことも事実です。

マラソンが持つ癒しの効果。このことについては、これからもっと研究してみようと思います。

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プロフィール

川中 努(tsutom kawanaka)
1972年3月29日生
パラダイスコーポレーション代表取締役

きき酒師
ディマティーニ・メソッド・ファシリテーター
バリューファクター・ファシリテーター

【配信メディア】
Facebook https://www.facebook.com/tsutom

基本的にお会いしたことのある方と友達に
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【経歴】
1990年 島根県立松江南高校卒業
1994年 青山学院大学 国際政治経済学部卒業
日本トイザらス入社
1997年 住友商事と米国リバティメディアの合弁会社ジュピタープログラミング入社
1999年 故郷の島根県松江市に戻り、実家の事業(有限会社三度)に参画。専務取締役に就任。組織変更により株式会社パラダイスコーポレーションを設立。社内システムを整備する。
2012年 代表取締役 社長就任
   ~現在に至る